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この7月、オウムの教祖麻原彰晃こと松本智津夫含む13名の死刑が執行されました。
起こした事件も衝撃的でしたが、幕引きも衝撃的なものでした。

 

異例の同月13名の死刑執行は、国の内外から大きな反応を巻き起こしました。
「教祖の手足にされていたのだから。手足を死刑にしてどうするんだ」
「人が人の命を裁けるのか」
「死刑に犯罪抑止効果はない」
という声もあれば、
「あれだけのことをしたのだから当然だ」
「被害者遺族の立場に立てば、執行が遅かったくらいだ」
との声もあります。

 

私もこのたびの死刑執行に関しては考えさせられましたし、意見を求められれば、仏教の教えに立った見地でお話ししたいことも多々ありますが、今回は中でも最も本質的だと思う核心部分である「そもそもあのオウム事件とは何だったのか」について、お話ししたいと思います。

 

仏教から見るオウム事件を引き起こした真相

オウム事件はなぜ起きたのか。
一言でいえば、必死に求めても「生きる意味」を知りえぬいらだちが生み出した悲劇の一つ、と言えるかと思います。

 

このたび死刑になった死刑囚の顔ぶれには、京都大学とか早稲田大学とか、高学歴の面々が連なっていました。
報道番組で「高学歴の、頭の良い彼らがあんなカルト宗教にどうして……」と首をかしげるコメンテーターもありましたが、何もおかしなことでもありません。
【迷信】と【知識や才能】は関係ないからです。

 

『溺れる者はワラをもすがる』人間の弱さをまざまざと知らされた思いがしたのが、オウム事件でした。
どんな人でも苦しくなると、何かにすがります。
ワラなんかにすがったって助かるものではない、と普段なら重々承知ですが、おぼれてしまうと冷静でなくなり、船の設計技師でも、溺れたらワラにすがります。
船の技師は、毎日浮力の計算をしている人です。
そんな人がワラにすがる、と聞くと、何かおかしな感じを持たれるかもしれませんが、苦しいときは理屈ではない。
とにかく早く助けてほしい、と焦ってしまい、何にでもすがろうとするものです。

 

日ごろ研鑚している学問は、苦しみが重なり「なんで私ばかりこんな目に?」と悩む人に、答えを示してはくれません。
科学も、医学も、経済学も、その他大学で学ぶ諸学問は、この問いの前には無力です。
「これからどうなってしまうんだろう?」と先行きの不安におびえている人に、方角を示すものでもありません

 

今まで学んできた学問知識では一向に答えが出ない。
誰一人、はっきりしたことが言えない。
そこに「あなたの不幸は○○が原因です」と、自信満々に断言する者が現れれば、コロッと騙されてしまいます。

 

キツネの生態を研究している生物学者がキツネの霊におびえるとか、天文学者が星占いで動揺すると聞くと、おかしな感じがしますが、
迷信はこれら知識学問で掃討できません。
宇宙旅行する時代になっても、人がそこで生活する限り、その宇宙船には占い師、預言者、霊能者の類は乗り込むことでしょう。

 

高学歴の人でも人生の苦しみは次々とやってきます。
周りからちやほやされる芸能人も、権力を持つ政治家も、不安の中に生きています。
みな人生の苦しみの海の荒波におぼれている「迷いの衆生」の一人です。
だから高学歴の人がオウムに迷おうが、芸能人が占い師に騙されようが、政治家が霊能者通いしようが、何の不思議なことでもありません。

 

『希望が死ぬと願掛けが生まれる』と言ったのはレオナルド・ダ・ヴィンチですが、迷信に迷う人間の実態を言い当てています。
昔も今も一緒で、常に迷信を招く温床は苦悩と不安です。
どれだけ科学が進歩しても、文明が発達しても、人間に苦悩が無くならない限り、これらの迷信がなくなることはないでしょう。

 

「人生の目的に乾ききった心」が死刑まで誘ったと説く仏教

このたび死刑になった一人に林泰男という人があります。
彼は逃亡中、ワイドショーで「オウムの殺人マシーン」と称され、当時の世間を不安がらせましたが、やがて逮捕され、開かれた裁判での彼が見せた誠実でおとなしい受け答えに、世の人は意外な感を持ちました。

 

裁判長は死刑判決の際、まじめに仕事に取り組んでいたことなどを挙げ、「被告人を一個の人間としてみるかぎり、被告人の資質ないし人間性それ自体を取り立てて非難することはできない」と言った後、しばらく間をおいて「およそ師を誤ることほど不幸なことはなく、その意味において被告人もまた不幸かつ不運であったといえる」と言葉を詰まらせました。

 

作家の五木寛之氏は、その著『人生の目的』の中でこう言っています。
「人は思うままにならぬ世の中に生まれ、『思うままにならない』人生を黙って耐えて生きるのである。この『生きる』『生きつづけている』というところに、私は人間の最大の意味を感じるのだ」
この五木氏の言葉の『思うままにならない』人生を黙って耐えて生きる、その哀しみには私も共感します。
しかしそこを耐えて生き続けることに、五木氏は“どんな”意味を見出した、というのでしょうか。
それは『人生の目的』という著の中で、私にはさっぱりわかりませんでした。

 

宮台真司氏は、著書『終わりなき日常を生きろ』の中で、「永久に輝きを失った世界のなかで、将来にわたって輝くことのありえない自分を抱えながら、そこそこ腐らずに『まったりと』生きていくことが大事」と結論づけています。
宮台氏どういう理由で、それが“大事”だと言っているのでしょうか。

 

『思うままにならない』人生に絶望している人に「そこを黙って耐えて生きるのが意味がある」と言われても、将来にわたって輝くことのありえない自分に悩んでいる人に向かって「そこそこ腐らずにまったり生きろ」と言われても、それはちょうど、砂漠の真ん中でオアシス見つからず、のどの渇きに苦しむ人に「とにかく歩け」と言っているのと同じです。

 

オウム裁判でこのたび死刑になった井上嘉浩という人は、逮捕後の取り調べで「存在意義に正面から答えてくれたのは麻原だけだった」と答えました。
彼は中学3年生で、こんな詩を書いています。
「朝夕のラッシュアワー 時につながれた中年たち
ちっぽけな金にしがみつき、ぶらさがっているだけの大人達
工場の排水が 川を汚していくように 金が人の心をよごし、大衆どもをクレージーにさす
時間においかけられて歩き回る一日がおわるとすぐ、つぎの朝。
日の出とともに 逃げ出せない、人の渦がやってくる。
救われないぜ。これが俺たちの明日ならば逃げ出したいぜ」

 

中学3年生らしい幼い文章ですが、人生の苦を鋭敏に感じ取っていたように思われます。
満員電車。時間に追い立てられる日々。金を得るため、毎日毎日同じことをして、つまらないことばかり味わって、それでも生きていくには仕方がない、とため息ついている、そんな日常にいったいどんな意味があるんだろう?
子供ながら敏感に感じ取っています。

 

彼は死刑の執行直前に「こんなことになるとは思っていなかった」とつぶやいたそうですが、どんな気持ちで口にしたか、今となっては永遠に分かりませんが、ただ残念です。

 

彼らは砂漠にあって唯一水のありかを示した人を「師」と信じた。
そしてそれが泥水だったので、余計苦しんでしまったのです。

 

オウム真理教などに迷う人たちを見ると、世の常識、倫理規範から外れた人のように思ってしまいますが、彼らがそこに走らずにいられなかったのは、自分の存在意義を希求しながら、教えてくれる人に会えなかった、絶望に近い心の渇きによるのでしょう。
あまりに渇きが深刻だと、汚い泥水でもすすらずにおれません。
見境がつかなくなってしまいます。

 

薬物に依存するのも、自殺するのも同じく「人生の目的に乾ききった心」が招いた悲劇という点では同じです。

 

第二、第三のオウム事件を死刑が防ぐか、仏教の見解

『人間の奥底には生きる意味を“死に物狂い”で知りたがる願望が、激しく鳴り響いている』とカミュは言っています。

 

「何のために生きているのか」
「どんなに苦しくても生きねばならないのはなぜか」
砂漠でのどの渇きに苦しむ人が水を欲するように、みな「生きる意味」を心の底では、必死に求めています。
求めても求めても得られず、人生の目的に渇き切った心は、オウムの泥水でもすすらずにいられなかったのでしょう。

 

オウムはこんなに危険な団体だった、洗脳は恐ろしい、あれもこれも奇跡は全部インチキだった、といくら暴いても、それは「オウムはこんなに泥水だぞ、飲むとおなか壊すぞ」と言っているようなものです。
オウムの泥水を飲むなといくら言っても、飲料水を与えねば、他の泥水に走るだけです。
第二、第三のオウムが現れるだけです。
あるいは薬物、自殺、無軌道な殺人という形になるのです。

 

800年の古、親鸞聖人が40歳過ぎに赴かれた関東は、外道邪教迷信の跋扈する地でした。
その武蔵野の大地に立たれて親鸞聖人は“人生の目的に乾ききった心”に、清らかな水を徹底提供することこそ急務、と強く使命感を燃やされたのです。

 

『普(あまね)く甘露(かんろ)の法雨を注いで、遥(はるか)に枯渇(こかつ)の凡惑(ぼんわく)を潤(うるお)さんがためなり』
とそのことが記されてあります。
『甘露の法雨』とは仏教のこと。
『枯渇の凡惑』とは人生の目的に乾ききった心を抱えた人間のことです。
乾いた人々に清らかな水を徹底提供したい、その使命感こそ親鸞聖人の原動力でした。

 

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